2010年 06月 01日
枯れても美しい花 |
神戸にまた戻りました。 たった、四日間神戸をあけただけでしたが、夕方お買いもの帰りに、いつも歩く桜通り(川西町)の花壇を見て驚きました。
たくさんの変化がありました。
寒かったせいでしょうか、植物が乾上っている哀れな姿もありました。 寒さにやられたとは言うものの、その姿も不思議と美しいから、さらに驚きます。
こちらは、枯れても美しくありたいものですが、これは非現実的な理想ですね。花が羨ましい。
枯れた花がある一方で、活き活きと元気を誇張しているかの植物もあります。
通行人をこんなにも楽しませ癒してくれるお花は、地域の4,5人のボランティアの方たちの手のよるものだそうです。
お花を愛でながら歩くと、暮れなずむ時刻になっていました。 誰が待っているわけではなく、時間を気にせずふらふら出来る身分の風来坊をやっています。
たくさんの変化がありました。
寒かったせいでしょうか、植物が乾上っている哀れな姿もありました。 寒さにやられたとは言うものの、その姿も不思議と美しいから、さらに驚きます。
こちらは、枯れても美しくありたいものですが、これは非現実的な理想ですね。花が羨ましい。
枯れた花がある一方で、活き活きと元気を誇張しているかの植物もあります。
通行人をこんなにも楽しませ癒してくれるお花は、地域の4,5人のボランティアの方たちの手のよるものだそうです。
お花を愛でながら歩くと、暮れなずむ時刻になっていました。 誰が待っているわけではなく、時間を気にせずふらふら出来る身分の風来坊をやっています。
by sidediscussion
| 2010-06-01 20:41
| 写真
|
Comments(4)
Commented
by
hisako-baaba at 2010-06-01 22:08
4番目は「児の手かしわ」の実ですね。「コノテガシワ」と言っても、万葉の歌に有る「児の手がしわ」とは全く別物で、もっと後に渡来した木だそうです。文学の先生から聴きました。
娘一家と京都を駆け足で見物したとき、市場が見当たらず、お番菜を食べ損ねたのが残念でなりません。
娘一家と京都を駆け足で見物したとき、市場が見当たらず、お番菜を食べ損ねたのが残念でなりません。
0
Commented
by
oss102 at 2010-06-02 11:40
番というのは普通のことだったのでうね。お番茶、今ごろ納得です。
花は育てても見ていても心和みますね。花につく虫や病気の憎らしい事!(^^)枯れた花にも美を感じる感性はさすがですこと。
花は育てても見ていても心和みますね。花につく虫や病気の憎らしい事!(^^)枯れた花にも美を感じる感性はさすがですこと。
Commented
by
sidediscussion at 2010-06-03 08:46
hisakoさま
よくご存じですねぇ。物知りていらっしゃるので有難いです。
生き字引みたいです。わたし植物好きな割に名前しらないのが多いのです。間違って覚えていたり。一番親しかった友人が生物の教師で、いっしょに旅するといろいろ教えてもらいました。残念ながら50代で逝ってしまったのですが。教えてもらえる人がいるというのは宝です。これからもよろしく。
よくご存じですねぇ。物知りていらっしゃるので有難いです。
生き字引みたいです。わたし植物好きな割に名前しらないのが多いのです。間違って覚えていたり。一番親しかった友人が生物の教師で、いっしょに旅するといろいろ教えてもらいました。残念ながら50代で逝ってしまったのですが。教えてもらえる人がいるというのは宝です。これからもよろしく。
Commented
by
sidediscussion at 2010-06-03 08:48
oss102さま
私も今回初めて知ったのです。「番」の意味。
お花を育てていると虫、実のなる木には鳥と、やっかいですね。
私は人さまの苦労のいいところだけご馳走になって、写真撮らせて頂いています。
私も今回初めて知ったのです。「番」の意味。
お花を育てていると虫、実のなる木には鳥と、やっかいですね。
私は人さまの苦労のいいところだけご馳走になって、写真撮らせて頂いています。